□ 要約
現在、観光地で携帯情報端末を使った観光ガイドが普及しつつある。情報端末として使われる機器は各種あるが、いずれも音声だけでなくテキストや画像を表示できるようになっている。しかし、そのほとんどは聴覚障害者に対する配慮がされていない。
携帯情報端末を使った音声ガイドの、聴覚障害者への対応を急ぐべきだ。
□ 最初に浜離宮恩賜庭園で出会う
この問題に最初に気づいたきっかけは、2012年8月、東京都中央区の浜離宮恩賜庭園だった。
入園料は300円だが、身体障害者手帳を見せれば無料となる。
すると、受付から携帯端末を使った情報サービスを勧められた。
庭園でこれを使うと、音声でガイドしてくれるという。
受付の人に聞いた。
「耳が聞こえないから音声ではわからない。テキストで表示してくれるのか?」
できない、らしい。見て聴覚障害者だとすぐわかる人に、なぜ音声ガイド機器を勧める?
しかし、機器自体はテキストや画像を表示できるもののようだ。これなら、聴覚障害者にも対応できそうなのに、どうして対応していないのか。
調べたら、浜離宮恩賜庭園のサイトに「庭園情報サービスの案内」があった。
- 専用の携帯端末(ユビキタス・コミュニケータ)50台を無料貸出
- イヤフォンで聞くタイプの機器
- 6ヶ国語表示
日本語・英語・フランス語・中国語(簡体字・繁体字)・韓国語 - 特定個所に無線マーカーがあり、携帯端末と情報を自動的に交換。
すぐ東京都公園協会にクレームを入れた。
なぜ最初から、耳の聞こえない人にも情報提供できるように設計しないのですか。そうすれば、ユビキタス・コミュニケータの優れた汎用性がより一層生かせるはずです。耳の聞こえない人の事を頭から無視した、自分勝手な作り方をなぜするのですか。すぐに、聴覚障害者にも対応するよう改良して下さい。
回答を希望したにもかかわらず、回答はなかった。
□ 携帯機器を活用した音声ガイドが増えている
その後二年後、携帯機器を使った音声ガイドが日本各地の観光地に増えていることに気づいた。
どんなシステムがあるかを、以下に示す。
携帯端末サービス
上記の浜離宮恩賜庭園で使われているものだ。
調べた所、TRON のユビキタス技術を活用したものだった。
TRON では、以前からイネーブルウェアなど障害者対応に熱心な所だった。実際、ユビキタス技術を使った観光地での観光ガイドの実験段階では、聴覚障害者もちゃんと対象に入っていた。そういうレポートを何度か見たことがある。それなのに、実用になるとどうして聴覚障害者が抜け落ちてしまうのか。
改めて、東京都公園協会に問い合わせた。
そうしたら、関係部署と調整中とのことで二週間回答を待たされた。ようやく届いた回答を簡単にまとめると、次の通りになる。
- 事務手続きの手違いで回答を届けていない事がわかった。誠に申しわけございませんでした。
- 現在のところ、音声の全てをテキスト表示する改良は予定していない。
- 聴覚障害者からお申し出をいただいた場合には、聴覚障害者の方でも画像にて情報を得られることをご案内できるようにする。
要するに、すぐには対応する予定なし、ということだ。
富士ゼロックス
実は、よく似たシステムが二つある。どちらがどのように使われるのかは、特に説明がない。
観光音声ガイドサービス
こちらの方が先行して開発された。
機器は Android を使用しており、GPS による位置情報も活用している。
日本語、英語、中国語(普通語)、韓国語の4言語に加えて肉声で音声ガイドコンテンツを作成。
こちらの担当者に問い合わせたところ、聴覚障害者にも対応可能だということを認めていただけた。
「今後、コンテンツ制作に取り組む皆様に、そのあたりを訴えていくようにいたします。」
こちらも、確約はしていない。
SkyDesk Media Trek
上記の観光音声ガイドサービスを踏襲、ネット上でコンテンツをブックとして登録・配信できるサービス機能を追加したもの。iPhone、Android に対応しており、アプリをインストールして使用する。
ブラリナビ (株式会社 カセットミュージアム)
■ 対象機器
・ケータイ docomo・AU・Softbank
・スマートフォン iPhone
京都のメーカーで、日本語や英語、中国語、韓国語など多様な言語対応。写真、テキスト表示可能。神社仏閣や博物館、イベントやテーマパークなど様々なスポットで音声ガイダンスを提供。
□ 聴覚障害者に対応したガイド機器
では、聴覚障害者に対応できる観光ガイド機器はないのかというと、そうでもない。あることはあるのだ。こちらが期待したのとは少し違う形なのだが。以下に、これを紹介する。
台湾の国立故宮博物院のマルチメディア音声ガイド
中国語版、英語版、日本語版があり、一般の方や聴覚障害の方に提供。
一台 200元 でレンタル。
なんと、日本ではなく台湾の方が先に実現していた!
日本の関係者は、一体何をしていたのか。
UDCast
NPOメディア・アクセス・サポートセンターが字幕・音声ガイドを制作。iPhone のアプリ「UDCast」を使ったサポートが試みられている。
・江戸東京博物館映像ホール
映像ホールに UDCast を持ち込むと、日本語字幕・英語字幕・音声ガイドを切り替えて表示再生できる。
2014年9月15日までで試行は終了しているが、今後、博物館や美術館の映像展示物、映画館でも使えるように拡大していく予定。
Shuwide
手話による観光案内アプリ、Android 用。
・鎌倉手話観光ガイド
特定非営利活動法人シュアールにより配信開始。
徳島県美波町「観光ボランティアガイド会日和佐」
シニアが中心のボランティアガイドで、タブレットを活用。
わざわざ聴覚障害者用の機器やアプリを作らずとも、活用できる事例として紹介した。
「平成25年度観光ユニバーサル大賞・活動部門」を受賞したとあるが、これは徳島県独自のユニバーサルデザイン推進事業によるもので、国のユニバーサルツーリズムとは無関係だ。ユニバーサルツーリズム関係のサイトでは、この事例は紹介されていない。
□ 今後の聴覚障害者対応観光ガイド機器
さまざまな例をあげたが、今後は多くの観光地で早急にサポートすることを考えるなら、やはり携帯端末を活用することを考えるのが正道だろう。音声をテキスト化して表示すれば良い。機器の方ではすでに表示できる機能を持っているのだから、活用すべきなのだ。
手話による観光案内アプリを紹介した。余裕があるなら、手話を第一言語とするろう者のためにあっても良いとは思う。実際、富士ゼロックスの担当者からも手話対応を聞かれた。
しかし、携帯端末でテキスト化する方法と比べると、やはりどうしても開発が遅れてしまうと思う。対応しているのは鎌倉しかないのだ。テキストだけと比べると、手話化・動画化に手間がかかってしまう。
もしくは、将来的に NHK 技術研究所で開発中の手話アニメーションを採用する手もあるだろう。しかしこれは、放送用として開発していてまだ途上のものであり、アプリとして転用するのにはまだ研究が必要だろう。
もう一つの問題として、聴覚障害者は必ずしも手話ができる人ばかりではない。人口としては、手話ができない人の方が多い。「バリアフリー」とか「ユニバーサルデザイン」を考えるなら、テキスト化の方が素直なのだ。テキストによる対応がすんだ後ならば、手話による対応を考えて良いと思う。しかしテキスト化すらしていない状況のまま手話対応に走ってしまうと、新たなバリアを作ってしまうだけなのだ。